「フィジカルシアター」という概念は、現代のイギリス演劇を代表する劇団、テアトル・デ・コンプリシテが初めて用いたとされていますが、そもそもはパリのルコック国際演劇学校の創設者、ジャック・ルコックの手法をその源流に持つものです。テアトル・デ・コンプリシテも同校卒業生の間で設立されましたが、この劇団の90年代における世界的な成功とともに、ルコック・システムとフィジカルシアターの概念は、今日のヨーロッパ演劇に少なからぬ影響を及ぼすに至りました。

 いっぽう日本では、60年代に始まるアングラ・ムーブメントの中で、いわゆるセリフ劇に対して、役者の肉体を表現の中心においた一連の演劇が展開しました。「フィジカリティ=Physicality」という単語は、一般的に日本語では「肉体性」と訳されることもあり、ゆえにフィジカルシアターをこういったアングラ演劇の文脈で捉えてしまうことも少なくありません。しかし、「フィジカリティ」の概念は「肉体性」ということに留まらず、むしろ、より上位概念の「物質性」といった方が的確で、フィジカルシアターもこの観点から理解される必要があります。つまり、「肉体」という概念もその内に含む「物質」が表現のカギとなるのです。では、セリフが中心でもなく、肉体が中心でもない演劇とは、いったいどのようなものでしょうか? たとえば、その一例として仮面劇を挙げることができます。仮面というモノ的物質と、役者という肉体的物質の相互作用の中で仮面劇は成立します。同様のことは、人形劇における人形と人形師の関係にもいえましょう。

 前出のジャック・ルコックがルネッサンス期のイタリア仮面喜劇、コメディア・デラルテに着眼し、その手法を現代演劇の中で蘇らせようとしたのは、まさにそういった理由にほかなりません。彼のルコック・システムは、人間とモノとのあらゆる関係性を表現媒体として捉え、演劇表現の新しい地平を提示しました。フィジカルシアターは、そのような確固たる方法論とテクニックを土壌に花開いた現代演劇の新潮流なのです。